第49回全国青年問題研究集会
 
 
    
 平成16年3月5日から、7日まで、昨年同様に全国青年問題研究集会が、日本青年舘で行われましたので参加しました。
 例年の如く、自分は仕事を終えてから深夜に上京し、初日は奈良の打合せで終わりましたが、
2日は分科会で話し合い、そして交流会でも下手ながら出し物を出演して夜の交流会ではいろんな方と
お話させて頂きました。最終日、残念ながら表彰の時点で帰ってしまったのですが、
感動は関西に帰っても残っています。(実は関西でも交流会してました・・・)



画像につきましては、本来の大きさ「640×480」を加工し、
携帯でもご覧頂ける「177×133」にダウンしています。
フルサイズを御希望の方は当方まで直接お申し付け下さい♪

      
 
 
 
 






   
 
 
 







 
 
 
 
 
 
 
 





 
 
  
 
  
 
 





 
  
  
 
 












 
 
  
  
 
 









 
 
  
  









 
 
  
 









 
  
 
 









  
 
 
 









  
  
  
 









 
 
  
 









 
  
 
 









 
 
  
 









  
 
  
 









 
  
 
 









 
 
  
 









 
 
 









 
 
  
 









 
 
 







 
 
 
 
 
 
 
 
 
 





 
 
  
 
  
 
 
 
 





 
  
  
 
 












 
 
  
  
 
 









 
 
  
  









 
 
  
 









 
  
 
 









  
 
 
 









  
  
  
 









 
 
  
 








 
  
 
 









 
 
  
 









  
 
  
 









 
  
 
 









 
 
  
 









 
 
 









 
 
  
 









 
  
 
 









南国某団員より頂戴したコメント:
とある南国の県団部屋。部屋主達を差し置いてハイチーズ。
これが夜中の3時頃やったかなぁ。
 更に部屋主達を差し置いて、だべりまくりっ!
不幸なことにこれが5時半まで続き、彼らの寝不足の原因となった、
夢の一幕です

 
 
 









 
 
  
 









 
  
 
 









 
 
 









 
 
  
 







 
  
 














 
  
 












 
  
 













 
  
 











 
  
 











 
  
 











 
  
 











 
  
 











 
  
 









 
  
 














 画像ご覧頂くだけでもお疲れですが、まあレポートも読んであげて下さい
 参加して、書き直そうかな、と思ったことは現在工事中です。 

 今年度の青年活動を通じて将来を考えてみる


 奈良県吉野郡野迫川村の木村 佳史と申します。
まずは地域の紹介から♪
 当村は、奈良県でも南部に位置し、北端に偏る県内の集中地域、とりわけ
県都奈良市から遠く離れ、とても若者からは敬遠される超へき地である。
 ではその奈良県とは・・・
割に面積は狭く、県庁は地方事務所・地方振興局制度をとらなくても本庁で
事足りる位北東部の奈良盆地周辺に人口が集中し、山間部よりも盆地に投資
が集中して開発が開発を呼ぶ状況になっている。他方、置いてけぼりの山間
部は、南北に縦貫する国道168・169・309号線と、盆地含め東西に
横断する名阪国道・国道165号線の改良で都市への時間は早くなったもの
の、若者離れ、独居不可老人の離村が目立つ状況である。
下記表をご覧頂ければ一目瞭然であり、盆地外の山間部は面積を3/4占め
ておりながら人口は僅か8.3%に過ぎず、これら郡部でもより盆地に近い
町だけが人口増を示し、ほとんどが急速な過疎化に見舞われている。
 
 
面積 人口(国調) 町村数 
山間部 南部 吉野郡 2,255 61,696 13(3+10)
盆地外 東部 宇陀郡 371 44,857 6(3+3)
の状況 北東部 添上郡 22 1,962 1(村)
北東部 山辺郡 110 11,764 2(村)
これら盆地外計 2,758 120,279 22(6+16)
奈良県全体 3,691 1,442,795 47(10+20+17)
野迫川村は 155 783
盆地外/奈良県 74.7% 8.3% 46.7%
野迫川/奈良県 4.2% 0.054%
 では野迫川村はと言うと・・・
当村は霊峰高野山の南部に位置し、昔から高野山経済に依存してきた。
高野山では御供えに必須の「槙」の木を栽培し、お坊さんの必需品、豆腐がた
またま凍った事から「高野豆腐(凍り豆腐)」が作られ、人々の暮らしはひっ
そりと営まれた。
 明治以降は銅鉱山も開発され、木材の供給や都会と架線(今風のリフト)で
物資の運搬は容易となり、高野山までは鉄道が開通したことから山間部の割に
文化の伝搬が早かったようである。戦後は高野山自体の求心力低下、国道沿線
のダム開発に取り残されたこと、国道が無いことに依る道路改良の遅延、銅鉱
山の閉山等で相当遅れをとってきた事は否めない事実である。
 こんな村で、最近は職場がない→若者が離れる→村に子供が居ない、の悪循
環を繰り返し、今では我々役場職員ですら村外出身、若しくは地縁・血縁関係
なしの者が1/3に迫ろうとしている。縁故が良い、と言う訳ではないが、入
り込めば良い村でも新人の頃にそのような教育を受けずに業務だけ淡々とこな
すなら村内の方々は疑問を投げかけるであろう。教員は昔から新人ばかり配属
され、2〜3年で去ってしまうのでこれも寂しい話ではある。

 ようやく村の状況をご紹介出来たところで・・・では本題・・の前に・・・
当方のお話をしましょう。
え?要らない??まあ、そう言わずに聞いておくんなはれ♪ 
 今年で三十路に達しました。当方も奈良盆地の出身です。最寄りはJRの法
隆寺駅または近鉄の急行停車駅でした。高校は大阪千里まで2時間、大学も吹
田まで1時間半、バブル後で年々通学が便利になっていくいい頃でした。その
時に地元のバス会社でアルバイトをしており、県南部の山間地域なんて「こん
な所でよく人住んではるなぁ」と漠然と感じておりました。
んで、阪神大震災後の就職超氷河期に、民間がことごとく採用ならず、仕方な
しに村の募集を大学で見て、「僕はバイトで村へ来たことがあります」と面接
で述べると合格していた訳です。就職してから、バス路線から更に奥地に役場
等の中心部があり、多くの方が生活しているのを知りました。仕事のデパート
総務課であれもこれもそれもどれも・・のような業務を担当し、毎週県本庁へ
出張して合間に当直をしておりましたが、青年団もやってました。
んで平成11年、皆が辞める、と言う時に当方ともう一人しか残らず、消滅の
危機に立った時にOBからの工作で団長が起死回生を果たし、県青年祭の演劇
に出るような活動に発展、14年度は県団の行事に深く関わっていくようにな
ります。
・・・・・・・・いつの間にか団の紹介(^^;;;
では本題へ。

 昨年、これまで余り活動的でなかった青年団が、奈良県団との深い交流を通
じて、最もパワーのある団として成長したことに伴い、団への加入・継続は任
意であるにもかかわらず転居及び定年(30歳)を除いて全員残留してくれ、
また新たに赴任してきた先生方や村内に残っている若者も若干加入してもらえ、
12名から2減8増の18名(+県常任理事1名)で新年度を華々しくスター
トしたのである。
 当初は、まず村のことを知らない新団員も多かった為になじんで頂くことか
ら始まり、話し合いだけで終わりがちだった。村の紹介にも書いたとおり、職
員でも教員でも村に縁もゆかりもない者が赴任してくるからである。
しかし、昨年度よりも新入団員が多かったことに対し、県団の行事は有る程度
把握出来ていたので村の活動との調整や、村での交流会等により、他の市町村
とも打ち解け、このパワーは昨年以上に大きなものとなった。
 とりわけ、学校の週休2日制導入で先生方の土曜も休日となった点は非常に
大きい。森林作業員である団員は逆に日曜であれ晴れても仕事になることがあ
り、全団員が一同に介するのは困難であったが、ほとんどで時間の入れ替わり
があっても足を運んでくれた。

 青年の事業は秋がピークだが、その前にも多数有る。
特に7月は、文化部門出場の為の演劇を準備しながら体育部門、そしてキャン
プと一つ一つの事業をこなしていくのに精一杯で、青年祭文化部門が一区切り
と頑張っていたがこの頃に国会が解散説を帯び、どうしても落とすことの出来
なかった「11月第2週」が動こうとしていた(衆院選投票日で村民文化祭が
ずれる)県青年祭が終わった時、去年のあの感動を新入団員にも味わって頂き
たい、と意気揚々としたわけだが、人数が増え、職場の環境等から断念したの
である。それでも競技で4名もの出場派遣を実現出来たのはせめてもの救いで
あった。全国出場断念の替わりに村の文化祭を盛り上げ、村民の方に「次は全
国やな」「勿体ない、全国を断念したなんて」と言って頂けたのもひとえに団
員の努力の賜物である。
 また、今年度は寄り多くの交流会を実施した。
県内の青年団を呼べばその横の繋がりで、大阪岸和田の団長も応援に来て下さ
り、組織の労組青年部の方も来て下さった。
 村にあるゲートボールクラブの会員さんとも交流試合(練習にもならずでし
たが)し、村内にある高齢者福祉センターの入居されているお年寄りともクリ
スマス会をした。2月末には隣村青年団との交流会も実施・・・多くの方々と
ふれあうことが出来たのである。
また、行事を増やすことで負担が増えたが、村の文化祭練習の前にゲートボー
ル交流をしたり、毎年恒例の小学生向けのクリスマス会を、午前高齢者福祉セ
ンター、午後小学生、と数多い私用の合間を縫って行事を遂行したのである。
今年度は、まだ実は事業を計画しており、走り続ける。
詳しくは、http://plaza.rakuten.co.jp/kimlin/を作成しているので、日記で
日々の行動を見て頂いてから、左側のページ一覧からそれぞれの行事をご覧頂
きたい。

 そして、もう間近に迫った市町村合併。113年間続いた野迫川村消滅は、
野迫川村青年団も現在の形を消さざるを得ない。
 我々の合併協議会は吸収方式なので市主導なのだが、隣の地域(郡東部)で
は住民投票で中心となる町、一番端となる村両方で合併に対し「NO」が大幅
な得票となったのである。
 
 あらゆる組織・活動が下火になっていく世相において、今の勢いを合併予定
の他市村をも巻き込んで、大きなうねりと化してゆく。
 現役団員に「課せられた」のではない、「必然な流れ」である。




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木村 佳史  野迫川村青年団長
S49.1/11生まれ。
入団H8.4月〜(H12年度休止)=7年間(15年度末時点)
11年度副団長、12年度休止、14年度事務局

趣味:地域を学ぶ
入ったきっかけ:職務としての義務的要因
今年印象に残った活動:一つ一つの事業が目に浮かぶ
今後取組みたい活動:団活動で生計を立てる雇用的要素確立・NPO活動
ホームページあります。
http://plaza.rakuten.co.jp/kimlin/
是非ご覧下さいませ。あんまり更新できてませんが(^^;;;
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