P.108



1350馬力4発 420km/h
イタリアのピアッジオ社が作り上げ、1939年11月に初飛行したP108は
当時イタリアで実用化された、唯一の4発爆撃機であった。
1350馬力(離昇出力1500馬力)の動力を4発装備している点からも、1年以
上前に部隊配備の始まったアメリカのB−17に似ていた。
イタリア機としては重武装で、機首と胴体下部に各1門、エンジンナセル上の遠
隔砲塔に各連装で計4門、胴体側面に左右各1門の計8丁の、ブレダSAFAT
機関銃を装備。 12.7mmと7.7mmの混載だったが、当該機銃自体がアメ
リカのM1919機関銃をベースにしてバリエーションだった。
エンジンナセルの上に取り付けられた連装の遠隔銃塔は、機体内部から操作した
が、当時のイタリアでよく実用化できたなと思う。
更に、ナセル上面の気流へは良くない影響があったという。
ターボ過給機が無かった為に実用高度は6000m程度と、過給機を装備した米
軍の各重爆よりも低い高度にとどまった。
また速度的にも高速とは言えず、先の銃塔なども考慮すると空力的な洗練や重量
の低減策などに限界があったと想像できる。
航続距離も長いとは言えず、全体的にイタリア機としては良い性能ではあったが、
各国の特に4発爆撃機と比べると見劣りする機体になっている。
A型は対艦攻撃用の機体として、わずかに下向きにオフセットされた102mm砲
を機首に固定装備。 魚雷も装備可能となかなかな性能を発揮したというが、4発
重爆に海面近くで対艦攻撃をさせたら、いったいどうなるだろうか?
結局1機だけ生産されたA型は、ドイツ軍に接収された後に連合軍の爆撃で失われ
たという。
24機生産され主力となった爆撃型のB型は、地中海やアフリカに配備され実戦に
参加した。 
敵要地への夜間爆撃、対艦攻撃、を主として受け持ったが、航法ミス、機体トラブ
ルもあり、少ない敵夜間戦闘機に撃墜された機体もあった。
初配備後半年ほどたった翌年1月末には、残存稼働機は1機・2機しかなくなって
しまい本国に撤収した。

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