九八式軽爆撃機



「ハ9U乙」950馬力 423km/h
九七式軽爆と同時に開発された機体で、川崎お得意の液冷エンジンを
装備している。 戦中まで終始液冷を通したメーカーは川崎だけで、
他社(三菱、中島、愛知、他)は早々に液冷から撤退した。
液冷(特に大馬力の物)は当時の日本としては、非常に難しいエンジン
だったのである。 余談だが、列強各国の主力発動機はほとんどが
液冷である。 英・独・露はほとんど液冷一辺倒で、アメリカも陸軍機は
液冷がほとんどである。 日本だけが空冷を主にしていたのである。
さて、本機は液冷ゆえの可動率の低さが災いし正式採用は困難かと
思われたが、日華事変が勃発して軽爆の需要が高まり、九七軽爆の
量産が進まないこととも相まって、正式採用された。
結局、早期に採用された九七軽爆より多い機数を生産することになる。
私見だが、同時期に同じ様な用途の機体を2機種採用する事は、補給
などの面で不利は免れない。  どちらかに絞るべきだったと思うが、
当時の陸軍上層部にそこまで言うのは酷であるかも知れない。
日華事変はもちろん、第二次大戦初期まで活躍するが、可動率の低さ
は遂に解決されることなく、九七軽爆と共に、後継の九九式襲撃機や
より大きな九九式双発軽爆に席を譲り、順次リタイアしていく。

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