九七式重爆撃機



「ハ101」1450馬力2発 478km/h
日本陸軍初の本格的重爆撃機。
中島と三菱に試作命令が出され、三菱の機体をフィードバックして量産に
移行した機体が本機である。 中島の設計は手堅く(古く)、三菱の設計は
斬新だった。 そこで三菱の機体に中島のエンジンを搭載すると言う、
非常に政治的な折り合いの付け方がされた機体である。
本格的な重爆のわりには、肝心の爆弾搭載量がわずかに750kgから、
1000kg止まりで、いかにも打撃力不足はいなめない。
ちなみにF6Fの後期型の爆弾搭載量は900kg。
防弾も無きに等しく、初期型の防弾甲板は操縦員周囲ですら厚さ6mm
しかなく、アメリカの主力12.7mm機銃はおろか、さらに口径の小さな
7.7mm機銃の防弾にすら不足している。
某戦記物の本の見出しに「サリーの防御はゼロだった」と言う見出しがあり、
いまさらと言う感じだが、衝撃を受けた事を覚えている。
「サリー」は九七重爆の連合国側のコードネームである。
無論、燃料系統への防弾なども皆無に等しく、同じ「重爆」でも欧米の機体
とは比べるべくもない。
後期型になって防弾甲板の厚みが増し、防弾ガラスを追加、燃料タンクも
ゴムで包まれ、ある程度の消火装置も装備された。
しかし、それも当然ながらレベルの低い装備で、満足できる物ではなかった。
双発であるかぎり、米英の四発機と同等の装備と性能を求める方がおか
しいのである。 そのしわ寄せを一手に引き受けるのは、死戦を戦った
搭乗員であり、無理な要求性能を出した者ではない。

ウォーバード見出しに戻る