九九式襲撃機


瑞星950馬力 424km/h
陸上兵力に対して、軽爆撃機よりもより精密な火力支援を提供できる
ように開発された機体で、1938年に三菱で開発が始まった。
1939年にはこの襲撃機型と、派生の偵察機型を同時に採用した。
1940年から実戦配置に就いたことから、開発は順調に進んだもの
と推察できる。 エンジンも信頼性の高いエンジンであったので、
燃料とオイルさえ入れればすぐ飛べる稼働率の高さは高評価だった。
操縦の容易さと整備の容易さ、固定脚による頑丈さと可動部分の減少
などが、その評価に輪をかけたと言えよう。
失速特性を良好に保つため、主翼端にはねじり下げが付けられ、主翼
前面には固定スラットも装備され、抜群の低速性能を誇っている。
胴体内装備を排除して、爆弾などは全て胴体下や主翼下に懸吊する
ことにしたのも、機体の性能と非常にマッチした。
初期型は翼内に7.7mm機銃を2丁、後期型は12.7mmを2丁。
後方用7.7mm機銃1丁と、250kgまでの爆弾を懸吊できた。
機体下面には6mm厚の防弾版が装備され、地上の軽火器からの射撃
に対する防御としている。
三菱と立川工廠で生産された機体は総数2400機程にもなり、この
クラスの機体としてはベストセラーだろう。
日本では末期には特攻出撃もしているが、後年インドネシアに残置さ
れた機体が、対オランダ独立戦争であるインドネシア独立戦争でも
戦闘に投入され、独立への一翼をになっている。

ウォーバード見出しに戻る