この1機  <<二式複戦 屠龍>>



屠龍に一言。(思いっきり独断の判断。)

本来、夜間攻撃は弱小勢力が大勢力に対してしかける攻撃
方法だった。 第二次大戦ではその法則が塗り替えられた。
大軍による夜間の攻勢が始まった。
先の湾岸戦争でも第一弾が放たれたのは夜だった。
これからも、夜間こそが攻撃の時となっていくのだろう。

その夜間の大攻勢を受け止めるべく、レーダー装備の無い
日本の夜間戦闘機にとって、唯一の夜戦たる武器、上向き砲
(斜め銃)と、日本の実用機としては最大口径の37mm砲に
全てを託した屠龍とそのパイロット達は、今思えば支えきれる
ハズの無い戦闘に挑んでいった。
勝ち目の無い戦いに挑まねばならない悲壮感は、経験した者で
なければ語る事は許されないであろう。

海軍の零戦はその後継機の出現が遅れたばかりに、悲惨な戦い
を強いられた。 
性能の限界を超えた戦いを繰り返し、散っていった。
屠龍にもそういった雰囲気が漂っている。
後継機のキ102甲(57mm砲装備)は、実用試験機が数機
だけ部隊配備されたにとどまった。
結局、日本陸軍航空隊の対B29迎撃、特に夜間の迎撃は終戦
まで屠龍だけが受け持ったと言っても過言では無い。
夜間でも実際は多くの陸軍機が迎撃しているが、その質・量・戦果
に於いて屠龍がトップである
しかし、2段2速過給器に酸素マスクと言う装備では、スーパー
チャージャー付排気タービン過給器を装備し、完全与圧式の機密
室で固めたB29の迎撃は至難の技だった。
10000mの高度には上がることすら難しい屠龍で、10000m
の上空で500km/hを出し、12000mに平気で上昇する
B29をどうやって攻撃できると言うのか・・・。
屠龍は常に性能の限界を越える戦いを強いられていたのである。

勇敢な名称とは裏腹の、あまりにも苦しい戦いだった。


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