名機の弱点を見る


・轍間距離(テッカンキョリ)の短さ
轍間距離とは聞き慣れない言葉であるのではないでしょうか?
簡単に言えば、左右の降着装置の間の長さである。
当然、大きい方が幅が広いと言う事である。 これまた、当然ながら
幅の広い方が、着陸時の安定性が良いと言う事になる。


この図を見ればわかるように、Me109と、同じドイツのFw190では
轍間距離に相当の開きがある。 図で見るだけでは実感が湧かない
かも知れないので、一例を示そう。
戦争後半、ドイツ空軍ルフトバッフェでは新米パイロットが多くなってくる。
そのパイロット達が空中戦で墜とされ失われるMe109よりも、不整地の
前線飛行場への着陸失敗により失われるMe109の方が多かったと言う。

設計当初、この降着装置の取り付け方法は、機体フレームに直接取り付け
られる事から、強度、耐衝撃性、機体の軽量化、小型化に役立った。
設計者メッサーシュミット自身が、自画自賛した程である。
しかし、前線で使われるようになると、すぐにその欠点が路程し始めた。
Me109は高速の戦闘機であり、翼面荷重(基本的に大きい値ほど、高速を得る)
が大きく、その分どうしても着陸する時の速度も速くなる。
その上で、轍間距離が短いとあれば、着陸時の安定性が悪いのもうなずけよう。
それでも、当代随一の設計者に対して文句をつけ辛かったらしく、その
欠陥は長く放置されていた。 しかし、前記のような状況に直面した頃には
既に改修などしていられる状況ではなく、新型機などの登場ともあいまって
やはり、放置されたままになってしまった。
ハの字に開いた足の幅を広げると、着陸時にプロペラが地面を削る事は
少し考えればすぐに判る事である。
胴体装備の降着装置の取り付け方法が、以後、第一線用レシプロ機には
採用されなかった事から考えても、やはり問題があったと言わざるおえない。

・絶対的優勢と相対的優勢
Me109のファンには文句をつけられそうだが、Me109シリーズは
世間で流布する程の強力な戦闘機だろうか?
実際、Me109が無敵を誇ったのはスペイン内乱〜フランス占領まで
であった。 それ以降はスピットファイアやソ連のYakシリーズと言った
ライバル機が登場する。 ライバル機が登場すると言う事は、Me109との
実力差が縮まってきた、あるいは上回ってきたと言う事である。
スペイン内乱での相手は、複葉の旧式機が大半で、ソ連のI16といった
ような低翼単葉引込脚の戦闘機も、所詮格が違った。
フランスへの電撃戦ではフランス空軍の士気も低く、後手々々に回った
為に、容易に相手を打ち負かせた。
大陸での局所戦の為に、航続距離の短さも問題にならず、ここまではまさに
無敵であった。 しかし、これらはMe109の性能のおかげだけであろうか?
Me109に有利な戦局と戦場、そして相対する「敵の弱さ」がこれらの戦果を
上げさせたとは考えられないだろうか?
350機以上を撃墜したエーリッヒ・ハルトマンを筆頭とする、化け物じみた
撃墜王を多数輩出したMe109の総生産機数は30000機以上。
機体が刮目する程に強力なら・・・、例えばキル・レシオが10:1くらいならば
300000機を撃墜できたハズである。 しかし実際はそうならなかった。
逆にP47やP51が登場するに至って、もはや制空権すら掌握できなくなる。
新米パイロットが多くなったから、と言う理由もあろうが、対する連合軍も
決してベテランパイロットだけではない。(もっとも、戦力比は段違いだが・・・。)

エンジン・火力こそ強化されていくものの、Me109はやはり1930年代の
戦闘機なのである。
同世代の戦闘機には圧倒的優勢を誇れても、1940年代の戦闘機とは
世代が違ったのである。

1940年までの絶対的優勢と、1940年以降の相対的劣勢を見る時、
けっして強力な戦闘機とは言いかねる面がある事は否めない。


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