小さな特集



しかし人間の力ではなかなか殺せない動物がいました。
タイでは神とも崇められ、また人間と共存している象です。
凶暴性を発揮した時は手がつけられない猛獣となりますが、人間に従順な固体は
動物園では人気者であり、いつも人々の目をひきつけていたと言います。


芸をするトンキーと花子。 戦争下、彼らの生き残る術はなかったのでしょうか。

象は人間の力では絞殺できず、毒を直接射ち込もうにも針が折れる。
銃殺も不可能となれば、あとは餓死を待つしかないというのが結論でした。
1ヶ月半の絶食の後、3頭いた内の最後の1頭が餓死。
象のうち、その最後の1頭は、飼育係が隠れて水や少量のエサを与えていたかも
しれないようですが、延命というには象にとってあまりに少なかったのでしょう。
エサをもらおうと、檻の中で一生懸命に芸をしたそうです。
この間に、戦争が終わっていればと思うのは繰言でしょうか。

こうして、無理やりに動物達は殺されていきました。


昭和17年に生まれたばかりのキリンの子供も。

多くの動物達が解剖され、剥製となって動物園に飾られました。
生きた動物達を見ることは、もうできなくなっていきました。
象だけは、剥製にもできなかったようです。


そしてこの後、昭和19年末には「犬」の供出が全国民に対し命じられました。
犬の毛皮を防寒具として使うためでした。 また空襲時に犬による事故を予め
防止し、食料事情の悪化による口減らしをする為でもありました。
当時は「隣組」という制度がありました。 要するに「密告の奨励」です。
これにより、犬を飼っている家はご近所さんの目を欺く事はできず、何十万の
愛玩犬が犠牲になりました。

戦争遂行のため、飼い犬まで殺し毛皮を利用し、口減らしをする。
一体どんな未来図が、この命令を出した者には見えていたのだろうか?
犬の毛皮を着た日本兵が、ワシントンを占領できるとでも思っていたのだろうか?
動物を犠牲にするより、もっとなさねばならない責任があっただろう。

ドイツの各都市の動物園でも多くの動物が爆撃の犠牲になりましたし、近いところ
では、イラクのバグダッド動物園が攻撃目標となりました。
そしてもっと多くの動物達が、あらゆる形で戦争の犠牲になっていったのです。




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