文集16

名歌手の想い出 その1

当日の演奏会のプログラムより
オペラ歌手のマリオ デル モナコ。 1959年。 日本のオペラ界にデビュ−。 私のインターン時代である。 我々の世代の音楽ファンなら周知であろう。 イタリア歌劇団の日本公演が次々催される中、第二回の公演で初めて登場した デル モナコの凄さと世界各地での活躍ぶりは 当時のLPレコードでもすでによく 知られていた。 もともとオペラには殆ど縁のなかった私は何とはなくNHKのオペラ中継を見て いたが、デル モナコの天に突き抜けるような声を聴きそのカリスマ性のある風貌 を目の当たりにしたとき 私の眼は輝き耳に残るあの美声の余韻にしばし脳細胞が 興奮していたのを憶えている。 以来「オペラの病みつきになった。」とあとで語る私と同年代の人は非常に多い。 もともと私は聴くことはもちろん歌うことは好きであたりを気にせず日本の歌や イタリア民謡をよく口ずさんでいた。 それが青春時代のただ一つのストレスのはけ口だったように思う。 オペラには 縁がなくても歌はさすが医学の勉強より好きでドイツ リートに病みつきだった。 折りしもイタリア歌劇団の大阪公演のはざまにチャリティーコンサートが急遽 開催されるのを知った。 デル モナコ他、豪華メンバーが出演すると云うので私は 入場券発売の早朝に大阪のフェスティバルホールに出かけ券を手に入れた。 とは云っても今に比べると関西のオペラファンはそれほど多くなかったと見えて いとも簡単に入手できたのである。 デル モナコに少しでも接近し大歌手の声の呼気に触れたい衝動がいかに強かった か、正面最前列のいわゆる”かぶりつき”の券を敢えて手に入れたのである。 ところがである・・・・。 公演の当日会場のフェスティバルホールに着いたら入り口前のロビーが何となく 騒がしい。 何事かと思ったら本命のデル モナコは「風邪を引いて本日出演いたし ません。悪しからずご了承下さい。」との貼り紙がはられ、冷ややかなアナウンス が繰り返し流れているではないか。 押し寄せた聴衆のがっかりした様子が隠せない がさすがオペラファン。 みな冷静さを装って仕方なく会場へ入って行く。 小生もファン気取りで何か割り切れぬまま入場券を係員に渡し客席へ吸い込まれ ていったのを記憶している。 やがて開演、本命抜きのそれでも豪華な顔見せにはちがいない。 ブザーが鳴り 場内の静けさがもどり大阪公演が幕を明けた。 当代の名歌手 A.プロッティーの「何でも屋の歌」、 F.タリヤビーニの「星 も光ぬ」でクライマックスに達し、N響の豊かな演奏をバックに G.シミオナート 、 G.トウッチ、J.ポッジ・・・・の名唱が続く。 歓声と拍手の中、大詰めを迎え幕が降りる。 アンコールの手拍子、声援がしつ っこく続く。 幕が上がり何度となく照明が灯されまた消える。 オーケストラの メンバーが静かに退場する。 終わったと思いきや 。 否! 入れ替わりに何と グランドピアノが舞台に運ばれてきた。「しばらくお待ち下さい。」と何かハプニ ングの起こりそうな空白のあとアナウンスがあり場内が一瞬シーンと静まる。 「デル モナコさんが皆様のアンコールにお答えし出演されます。」と誇らしげな 女性の声が場内に流れてきたではないか。 ワーッと歓声が花火のように点火しやがてまぎれもなく眼前に貴公子然とした 世紀の大歌手マリオ デル モナコがついに登場した。 ピアノ伴奏でおなじみのナポリ民謡2曲が会場全体をうならせた。 この時歌っ た「オーソレミヨ」は値千金。 絶唱というか、神の声というか、我々を驚嘆させ テノールの醍醐味を満喫させてくれた。 この一曲にデル モナコの大スターとして のすべてを見、聴くことができた。 この声を聴く限り風邪を引いているはずがない。 果たして全くのハプニングな のか、当初からの演出だったのかいまだに解明されていないし解明したくない。 20世紀回顧の最後の年、名歌手のレコードを聴きつつ筆を置く。  (平成11年9月)

文集17
名歌手の想い出  その2

チャリティーコンサートの値千金の「オーソレミオ」ですっかりマリオ デル・モナコ
の大ファンになった私は、その2年後の第3回NHKイタリア歌劇団大阪公演ジョルダーノ
作曲オペラ「アンドレア・シェニエ」を見逃すはずがなかった。日本初演である。
61年10月28日やはり大阪フェスティバルホールである。
20世紀最高の組み合わせと云われるデル・モナコとレナータ・テバルディーの競演は、
予想どうりの圧巻であった。
第1幕の詩人シェニエ役のデル・モナコの詠唱「ある日青空をながめて」は、彼以外この
役を歌える歌手は当時、世界中探してもいないであろうと云われていた。断頭台の露と
消えた実在のフランスの詩人シェニエが即興詩を歌い、自然の美をたたえ、官憲・貴族の
横暴を攻撃した充実したこの美しいアリアにしばし陶酔していた。
テバルディーもマッダレーナ役をよく表現し、優しさの中に気品と美しさをバランスよく
保ちながら時にドラマチックに時にリリカルに歌い進めてゆくその発声法は、デル・モナコ
の力強い声と和合し最高水準の感動を私たちにあたえたと思う。特に、第4幕大詰の二重唱
はオーケストラのフォルテを突き抜ける凄まじい声量で、私達を音楽の奥深い未知の世界へ
しばらく引き込んでくれた。
最近、久しぶりにホセ・クーラとヨルダンカ・デリロヴァらの「アイーダ」(プラハ国立)
を同じ大阪フェスティバルホールで観劇する機会を持った。ふと青春時代にシェニエ扮する
デル・モナコ、マッダレーナ扮するテバルディーを同じ舞台で聴いたのを思い浮かべその映像
を重ねたとき、改めて二十世紀の偉大な名歌手が私の脳裏に強く焼き付いているのに気づく
のである。
 若い世代に語り伝えたい、私の人生最高の想い出である。         (平成15年8月)

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