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二・人口の一点集中が進み、東京都を中心に、首都圏と言われている地域に我が国総人口の十パーセント余りがひしめいている。ここでは地域全体を土に見えないコンクリートの塊にしてしまった。
コンクリだから地上の担水能力はゼロだ。昨日も程よい夕立が降ったところ、街の配水管に鉄砲水が発生して、工事中の五人が、瞬時に流された。更に電気を垂れ流すように使って、夜まで明るくして、二十四時間いつでも働けるようにしてしまった。日が暮れようが、ま夜中だろうが忙しく歩きまわる。地球の自転にしたがったサーカシアンリズム(朝起き、昼働き、夜に寝る人間の基本サイクル)を、滅茶滅茶にしてしまった。
三・大学卒の、選り抜きのエリートたちが、大企業の本社の多い首都圏に押し寄せる。そして、会社の名前を背負って、我が国を動かすサラリーマンさんであると自負する。誰でもそう錯覚する。朝、東京駅のプラットホームに立ってみると解る。次々に電車で流される人の列。まるで工場のベルトコンベアのようだ。このベルトが日本という機械を回しているのだと言った人がいる。」乙姫様のいる龍宮城であればよいが、「日本株式会社東京工場」の職場は、エリートたちにとっては悪戦苦闘とイライラの「るつぼ」でしかない。かわいそうだ。一日に仕事を終えてやっと帰路につく。マイホームは、十何階もの高層建築の、コンクリの箱の中にある。
四・かくて現役四十年の歳月は石火の如く過ぎ去り、定年になる。子育ての終わった老人が、二人揃っている間はまだましだ。そのうち間もなく片方が死ぬ。取り残された方はテレビを見ながら今度は自分の番だと一人で死を待つ。コンクリの箱の中で。これを孤独死と呼んでいる。かくて住宅街のビルが集まっているところでは、街全体が死を待つ待合室となる。そこでこれではいけないと、生き残りの老人たちを寄せ集め、首都圏から遠く離れた田舎に建てた老人ホームと呼ぶところへ連れ去って収容する。その多くは人里離れた山の麓にある。これを老人「福祉」と呼んでいる。日本語の使い方はこれでよいのか。昔懐かしい故郷からも遠く離れ、また慣れ親しんだ首都圏からも離れて、気がつく暇もあらばこそ、今度は縁もゆかりも無い、知り合いも無い新天地、田舎の老人ホームへ流れ去る。好きか嫌いかではない。流されてゆくのである。これで痴呆が進行しなかったらまか不思議である。
五・一点集中が何故悪いか、といった国会議員がいた。また、田舎がなくては東京が成り立たないと言った総理大臣もいた。開いた口がふさがらない。返事しようにも言葉がない。次の選挙で落ちてもらいましよう。「私は違う。東京には行かないから。」という方もいるでしょう。世の中すべてが因果応報です。そのうちに自分の子孫や親しい方々がそうなります。
これで幸福か。一点集中がよいか。
六・一方、我が国には一道一都ニ府四十三県がある。ありがたいことに人口に応じて優秀な人材が毎年次々と誕生する。ところが小学校を過ぎるとその多くは進学校へ憧れるようになる。多くの私立中高一貫校がこの傾向を助長しているのではないか。これが戦後六十年間続いて、最近特に著しくなった。センター試験は優秀な若者の都会志向を、助長しているのではないか。春秋に富む若者たちの額に番号を張り付けて、一体なにをする気か。前途洋々たる青年の人間性を大切にしているとは、とても思えない。地方にあった大小のいわゆる生活中核都市も、衰退と崩壊が進行しつつある。いまや消滅に瀕している本通りも随所に見られる。その結果、地方ではまともな生活が出来なくなった。偏在するのは医師だけではない。パーマやさんもお魚屋さんもいなくなった。そのうちに郵便ポストまで消え失せるのではないかと心配する向きもいると聞く。地方の人材の流出と生活基盤の崩壊。万骨枯れて、首都圏だけがコンクリの塊の上に残る。
七・地方の復興。これは、五十年先、百年先の吾々の子孫が、名実ともに栄えるための、首都圏も地方も問わない、全国民的な宿題である。
1・地方でも収入に恵まれる仕事があること。
2・新しい科学技術の開発を急ぐこと。全世界へ輸出する。
3・地方の自然条件そのものの活用。
4・人智を益々磨き、国際感覚を身につけること。
八・人と物とが自由に行き来できるよう、陸、海、空を十分に利用した、交通と情報の全国網の整備(航空、海上輸送、鉄道と道路、電波、その他)。
九・三世代住宅を中心に、例えば人口五万、十万、百万といった規模の生活圏の整備(一戸当たり四百坪前後が妥当か)と、これにふさわしい、産業基盤、教育機関や文化施設、それに消費施設など。安易な核家族化もそろそろ一度、見直してはどうか。戦前のようには戻してはいけないが。
何れ遠からず、腰を据えて内需を振興しなければならないわが国であるから、財源は国家的見地で考慮し、計画的に社会投資する。更に将来的にみて、地方の復興を考えるとき、大切なことは他にも沢山あることだろう。そして何よりも一人ひとりの生活態度も工夫しなければならない。坐して口を開け、ビールとビフテキを要求するだけで事は捗らない。自分には何ができるか、しっかりした夢を空想して頂きたい。
十・たとえば、仮に沖縄県を地方の一例として、取り上げるとする。以下はすべて仮の話である。まず、ここに中央省庁の総務省を移転設置する。大臣以下公僕各位は、今まで以上に地方自治の本質と自分の職責とをよく思惟して、その成果と自らの存在価値とを、国民に解り易く還元説明して頂きたい。琉球大学と東京大学を統合整理して那覇に設置する。沖縄県に全世界から有能な若者を多数集めて、世界のリーダーを鍛え上げる一大人間道場とし、佐藤一斎先生の学問を教える。同時に日銀本店、野村証券本社、東京証券取引所、松下電器産業本社、三菱商事本社その他も必要に応じて一緒に沖縄県に移転して頂きたい。更に国立情報センターも同時に、東京にではなくここに置くことに方針を変更する。やる気になればやれることばかりである。
十一・こうすれば何が起こるか。太陽が西から上がることは、まず決してない。せいぜい沖縄県がシンガポールよりは立派になっているかどうか位であろう。わが国の首都機能を東京なんかに固定することはさらさらない。もうやめよう。十年一期で全国を持ち回る。
十二・沖縄県の活性化の程度を見ながら我が国の人口分布と、吾々の子孫が享受できる満足度の度合いを、みんなで考えようではないか。まず第一に、憲法との調整と、現行の全ての国内法を超える強烈な基本法の制定とその実施が不可欠である。政治家諸君は国家復興の哲理に燃えてほしい。世渡りや口で語る演説ではない。国民に奉仕する良心と気概である。
十三・今年の夏はあまりにも熱すぎる。熱帯夜が八月になってもまだ終わることなく続いていて、とうとう三十日を超えた。年寄りには、殊の外こたえる。夜の眠りもままならず、夢見もいまいちだ。脱線してしまったのも仕方がない。
十四・夏の夜の夢、対論や追加なども戴きたい。(ご無礼の段は、御容赦願いたい。)