大和郡山市医師会広報指定席
祖父の思い出
松岡弘樹先生



 8月の終戦記念日になると小学校の頃に亡くなった元軍人の祖父の事を思い出します。孫にはひたすらに甘く思う存分に甘えた記憶しかないですが、昔は荒れていたみたいです。その頃に祖父が愚痴っていた事を母は記憶しています。

政府が無能すぎたので戦争を止められなかった。参謀本部は馬鹿の巣窟なので言うことを聞いていたら、まともに戦えなかった。これらが愚痴の大部分です。

こういう事を母から聞かされても、子供時代には陸軍の責任転嫁ぐらいにしか思っていなかったですが、一次資料を重視する歴史書を読むと意外にも祖父は真実を言っていた様です。

中国との戦争を停戦しなかったのは政府で、アメリカに戦争をふっかけたのは海軍と最近の歴史研究家は書いていました。その事を祖父は愚痴っていたのでしょう。

まぁ、陸軍も褒められたものではなく、その頃の役人と組んで天下りをしたり、従わなかったら会社を潰すなんて事をしていたみたいですが。星新一の「明治父アメリカ」という本の続編に楽しく書いてあって面白いです。

祖父はそういう行為を行った派閥とはまったく関係がなく、直属の上司はかなりの親米家でアメリカに絶対勝てない事を理解していました。

海軍の上層部はすぐにアメリカが和平すると陸軍を説得したみたいですが、アメリカが売った戦争ならいざしらず、アメリカが売られた喧嘩を途中で辞めて和平するなんて事は歴史的にあり得ないです。議会がそんな事を許すはずがありません。

祖父に理解できる事が理解できない上層部が馬鹿じゃないと思うのは当然ですが、言論統制が厳しく、軍人でさえ戦争に負けると言ったら憲兵に逮捕されると思っていた時代です。馬鹿に馬鹿と言ったら逮捕される。怖い事です。

勝てないとわかっている戦争を植民地解放の為と思い込んで祖父の上司は戦いました。占領なんて簡単だけど、日本軍が来て良かったと言われる事の方が難しい。祖父の上司が語った事です。

祖父は部下の戦死を防いで効率良く戦う事だけを考えていた純粋な軍人だった様ですが、部下を戦死させない為には現地の人と仲良くするのが大切だと普通に思っていました。

そういう軍人が戦後に戦争の責任を追及されてすべての名誉を奪われたら荒れても当たり前かなとも思います。企業に圧力をかけて占領地で無茶苦茶をしていた連中の方が、戦後も上手く立ちまわって立身出世していて、そういうのを横目でみていると尚更に荒れるでしょう。

最高学歴者を多く抱える電力会社の原発が爆発しました。監視係であった保安院も最高学歴者の集まりです。優秀だと思われている人が馬鹿な事をした場合、周囲の人間がそれを止められない。これが原発が爆発し陸軍と海軍が暴走した原因ではないかと思うのです。

どんなに優秀でも馬鹿な事をする事はよくある事で、それを止める人間がいなければ暴走して当たり前です。誰かが馬鹿な事をしたら、それは馬鹿な事だと指摘してあげないと、悲劇がおこります。

自分の知る優秀な人は突っ込み易い性格をわざと演じています。そうする事で失敗を減らしていますが、国家ではそれは難しいでしょう。

よく馬鹿な事をする国としてやり玉にあげられるのがイギリスですが、イギリスの失敗は常に世界に先駆けて変な政策をしての失敗です。先進国で最初に医療制度が崩壊した国として有名ですし、原子炉の致命的な事故を世界で最初にしたのもイギリスです。誰もしたことがない事をする時に、一部のエリートが机上の空論で意味不明の計画を立てて失敗する。これがイギリスの良くある様式美です。もちろん机上の空論が成功する事もあって、一概に悪いとは言えません。

日本は独創性のある失敗はあまりしませんが、何故か外国で失敗した制度や方式を取り入れて失敗する事が多々あります。これはイギリスの失敗よりも恥ずかしいですし、百害あって一利なしですので、是非とも改めて欲しいです。

エリートの独断では恥ずかしい政策ばかりするイギリスですが、重要な決定では普通の人の多数決によって選ばれた議会を重視し、国家として大戦争で負ける側についた事が一度もありません。選挙になれば馬鹿に馬鹿と言いやすい雰囲気になります。足の引っ張り合いが見苦しいのはご愛嬌ですが、選挙で決定する場合、アホな政策が通りにくい利点は何よりも重要です。

選挙で勝った政党が公約を無視して好き放題にしている国(民主党政権時に書いた文章です)がありますが、重要な事は選挙民の判断を重視するという常識を思い出して欲しいものです。

多くの欠点はあっても一般人の多数決による決定は、エリート集団の独断よりも致命的な判断ミスをしないという歴史的な事実を思い出して欲しいです。

 祖父が生きていたら現在の状況をなんと評論するのでしょうか。戦前と同じと言って欲しくはないのですが。


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