大和郡山市医師会広報指定席
予期せぬ切腹
山本裕幸先生



     還暦近いこの歳までまさか自分の腹腔内臓器を大気にさらすことがあろうとは、考えもしなかった。8月21日木曜日、月例のピアノトリオ。場所はいつもの当院外来待合室。前月までベートーベンの「街の歌」、「幽霊」をかなり弾き込んだので、気分を変え、ドボルザークの「ドムキー」を始めた。練習が終わってからはいつもの打ち上げ。旅行話などに花が咲く。  午前0時過ぎ帰宅。半時間ほどテレビを観、夕刊に目を通して就寝。いい夢を見るはずが、午前2時頃から上腹部に異様な鈍痛で、安眠どころか冷や汗が止まらず、喉が渇く。40年前に父が心筋梗塞で亡くなっている。悪い予感が去来するが、夜明けの5時過ぎまでひたすら我慢。家内を呼び起こす力も尽き掛けていたが、何とか状況を伝え、近所に住む長女夫婦(長女:耳鼻咽喉科医、娘婿:循環器内科医)に連絡。すぐに二人が勤務する県立奈良病院の救急へ運ばれ、採血、ルート確保、心エコー、胸部CT、など手際よく進められた。そのころから胸痛の位置が右季肋〜右側腹部に移動。CT画像は通常の3倍に腫れ上がった胆嚢と鎮座する巨大胆石の三日月陰影を明瞭に捉えていた。        

そのまま外科病棟に入院。外科医が主治医、娘婿が内科共観医となり、当分絶食。24時間抗生物質、降圧剤などの持続点滴開始。3日間の点滴で胆嚢炎は治まるはずが、CRPはうなぎ登りに上昇、40に!側腹部痛も消えず、再度のCT画像も胆嚢壁が3日間で明瞭に肥厚。このままでは胆嚢自壊、汎腹膜炎必至と自ら判断。8月25日PM8時過ぎから約4時間半の予定外開腹手術を受けることになり、多くの手術関連スタッフに迷惑をかけ、家族に心配を掛けることになった。    

始めての全身麻酔で術中の記憶は皆無であるが、気がつくと手術室からリカバリ−ルームへ搬送されるところで、家族の不安げな笑顔がちらほら見えた。 その後意識鮮明になるに従い、術前とは異質な激痛と口の粘膜が剥けるほどの口渇。しかし飲水不可。痛み止めはCVの側管につながれた合成麻薬剤のプッシュ式注入器。痛み止めは麻薬と知って1セットの使用を終えると側管からはずしていただいた。しかし、翌朝傷口を軽く消毒された時の痛み!意識が遠のくほど痛かった。26日、自室に戻り、自力でベッドから起き上がろうと必死に悶えたが、斜めに20cm切開された腹直筋は無情。冷や汗をかき、嘔気が襲うばかりで、ベッド上に座ることができない。痛みに涙したのはこれが初めての経験。術後2日間の姿勢変換時の激痛と暗澹たる心境は終世忘れることがないと思う。  

3日目くらいから痛みも和らぎ、ベッド上でできる限り体を動かす努力をした。 放ったままの診療所が気にかかり、早く帰らねばと焦りがでる。 12日間の入院中、長女と家内の機転と耳鼻咽喉科教室の思い遣りで、ほぼ通常通り診療所は運営された。退院後術創の治癒などで心配したこともあったが、大きな傷跡に吾が一生の履歴を感じ、その後は高血圧治療を除いて、急速に体力を取り戻し、9月28日にはチャイコフスキーの弦楽セレナードの応援演奏にも出演でき、思い出深い9月が終焉した。  


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