戦略爆撃機 4


勝利の方程式、敗北の方程式

戦略爆撃機は必ず「大きい」機体とは限らない。
要するに、敵の前線部隊でなく、生産拠点や支援設備などの
戦略目標を攻撃する機体が戦略爆撃機なのである。
湾岸戦争で一躍有名になった「F117ステルス」などは、
私に言わせると、小型戦略爆撃機である。
しかし、第二次大戦時、戦略爆撃機は間違いなく大型化の
道を辿ってきた。 何故か?
そこにこそ、勝利と敗北の明暗を分けたものが存在する。

連合軍(特にアメリカ軍)の場合・・・。
機体が大型化した最大の理由は、重量増加に対応するためである。
その結果4発機が台頭してくる訳である。
ある設計技師の言葉がある。
「1つで機体を、1つで燃料を、1つで爆弾を、1つで防弾装備を
運ぶのである。」
この言葉こそが大型化していく戦略爆撃機の全てを体現している
言葉ではあるまいか?
しかも驚くべき事に、この言葉は「日本」の設計技師の言葉である。


初期の4発爆撃機B−15、試作機止まりだったが、B17への橋渡しと
しては、多いに意義のある機体である。

何度も繰り返すが、防弾装備は絶対に必要であった。
敏捷な小型機と違い、大型化すればするほど機動性は悪くなり、
爆撃進路に入れば回避行動すらできない爆撃機にとっては
防弾装備こそが命綱である。
東京大空襲の際に、米軍はB29のほとんどの武装を外して重量を
軽減させているが、防弾装備にはいっさい手を加えていない。
これからもわかるように、積極的に防御火網を広げるよりも、
撃たれても落ちないようにすることが、機体の損失を防ぎ、
ひいては、最も大切な人員の損失を防ぐことになるのである。


最終生産ライン上のB−29B型 各部の銃塔が撤去されているのが分かる

次項

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