スキップ・ボミング


イギリスの場合
私なりに解釈すれば、スキップボミングを最も有効に使用したのはイギリス
軍である。 何しろ、スキップボミング専用の爆弾と機体を装備していたの
だから半端ではない。
イギリスの航空技術者サー・バーンズ・ウォリスは、飛行機、特に爆撃機の
設計以外に、爆弾の設計も手掛けていた。
10t爆弾「グランドスラム」などが有名であるが、他に極めて特殊な爆弾
を設計している。 通称「ダムバスター」と言われているこも球状の爆弾は
専用の懸吊装置を装備したランカスターに搭載される。
懸吊装置は機体を左側から見た場合、爆弾に時計回りの高速回転を与える
事ができる仕組みになっている。 機体の進行方向に対して、バックスピンを
球状の爆弾に与える訳である。
それを高度20mで投下すれば、水面を飛び跳ねて目標に向かう訳である。

当時、ダムは極めて重要な戦略目標であり、発電需要のほとんどにダムが
電力を供給していたと言っても過言ではない。
もちろんダムを持つ立場の国でも、対空火器を配置し、魚雷避けの防雷網を
敷設し、防空組織の翼をダムの上空に置いていた。
ドイツもそれにならっていたのは言うまでもない。
ドイツ最大の工業地帯・ルール工業地帯の電力需要、工業用水、をまかなって
いるのはメーネダム、エーデルダムを中心とした一大ダム群だった。
イギリス軍がこれらの破壊を企図しない訳は無い。 かと言って高高度爆撃
での破壊は難しく、小型機の急降下爆撃では多くの犠牲を覚悟しなければ
ならない。 魚雷攻撃も防雷網の為に効果は期待できない。
そこで、ウォリスにより前述の「ダムバスター」の開発がなされた訳である。
実戦面では若き25歳のガイ・ギブソン少佐率いる爆撃隊が、困難な夜間の
作戦飛行を、敵地の山岳地帯で行い、半数近い未帰還機と引き替えに、
4つのダムを撃破、あるいは完全破壊、と言う空前の被害を与えた。
戦略的観点から見れば、最も成功したスキップボミングだと断言できる。
この戦果は今でもRAFの誇りとして残っており、617中隊の番号だけは
今でも現役で残っており、それ程にイギリスが「喜んだ」と言うこである。



ガイ・ギブソン中佐が指揮する617中隊のランカスターは、ルール工業地帯に
電力を提供するダム群を一挙に破壊した。


もう一つの代表的な実戦例がフランスレジスタンスの要請で、ドイツの監獄
に対する爆撃を敢行した「ジェリコ作戦」である。
この監獄には当然ながら「フランス人のレジスタンスメンバー」が収容されており
犠牲は覚悟の上だった。 ドイツ軍に処刑されるのを待つくらいなら、犠牲が
出ようとも、味方の攻撃に賭けようと言うのである。
戦時とは言え、あまりに無謀な賭けだとは思うが、当時の人々の行為を非難
する事は誰にもできないだろう。
爆撃はモスキート爆撃隊3隊と護衛戦闘機によって敢行された。
街路樹よりも低く飛ぶモスキートから遅延信管付きの爆弾が放たれる。
街路をバウンドしながら飛ぶ遅延爆弾は監獄の壁を突き破り、脱走経路を
切り開きながら、監獄内部で爆発。 ドイツ軍を大混乱に陥れた。
第一波、第二波の攻撃で監獄の壁は完全に破られ、多くの収容者が脱走した。
隊長機を含む2機のモスキートと2機の護衛戦闘機が未帰還となったが、
リーダーを含む数十人のレジスタンスが数百人の収容者と共に脱走した。
被害は少なくなかったものの、レジスタンスの士気高揚はあきらかで、
十分に価値のある、成功したスキップボミングと言えよう。



あらゆる任務をこなしたモスキートだけに、当然の出馬と言える。


次項

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