東部戦線



いわゆる東部戦線における戦闘は、ドイツがソ連に攻め込んだ時から
開始され、一時期ドイツ軍は時のソ連の独裁者の名を冠した要衝都市
スターリングラードを包囲し、大消耗戦となる長期市街戦に突入した。
ここまでの主役はまさにドイツ軍である。
しかし、ここからは主役がソ連軍に交代する。
逆包囲作戦ウラヌス作戦の発動。 ドイツの補給戦の失態。
そして何より、ソ連最高の将軍である冬将軍の来襲。
ドイツ軍は全滅か後退の連続を続け、最後にはベルリン東方の戦いを
東部戦線と呼ぶようになる。
東部戦線の空の戦いはどのように推移したのであろうか。

東部戦線開始時、ドイツのパイロットと機材は間違いなく最高のレベル
にあったと言えるだろう。 対するソ連軍は機材は旧式、パイロットに
至ってはただ飛行できるレベルであった者も多い。
またソ連軍はいまだに旧態依然とした指揮系統が残っており、出撃時に
おいて指揮官しか目標を伝えられず、他のパイロットはただ付いていく
だけと言う事態も少なくなかった。
最高レベルのパイロットに扱われた最新の航空機と、最低レベルの
パイロットに扱われた旧式航空機。 しかも旧式機側は指揮系統も粗末
な上に、戦略的に奇襲を受けているのである。
よくここまで悪い材料が揃っているなと感心してしまう。


野戦飛行場におけるMe109F
当時の東部戦線の主役はまさしく本機であったと言えよう。


まだ第一線を占めていたI−16。 20mm機関砲の威力は脅威で
あったものの、あらゆる性能でMe109に太刀打ちできなかった。


外板が剥がれている(メンテ中か?)I−15系戦闘機。
引込脚のようなので153か。 引込脚機構だけを見れば、I−16
よりも良く出来た機体だが、やはりMe109相手には役不足。
主翼下のロケット弾から察するに、攻撃機として運用していたか。


当時のソ連軍の考えとして、勝てばよい、と言う考えがあった。
勝てば良いのであって、損害は考慮の外とされたようだ。
いくら損害が出ようとも目標達成ができれば良いと言われたら、
「損害」になった兵は本心どう思うだろうか・・・?
しかし機材が揃わない中では、こういった旧式機で戦わざるおえない
のも事実。 パイロットの低い質ともあいまって損害は非常に大きく
ドイツ側にはダブルエースやトリプルエースが続出。
ドイツパイロットの技量もさることながら、ソ連パイロットの錬度の
低さがこの撃墜数の根底にある。
またソ連軍パイロットの錬度の低さは多くの事故も招いたという。


市街地で墜落事故を起こしたMig戦闘機。



ようやく姿を見せ始めたMig系新型機。 1型は不評のためすぐに
この3型へ更新された。 まだドイツ空軍相手の戦闘は荷が重かった
というが、最高速だけは当時のMe109を上回ったと言うあたりに
前途を予感させる進化が見える。





次項

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